蝉が煩い夏のある日。
キキィ!という耳障りな音と共に、彼女の夢への階段は砕かれた。









空色音楽室1







片側の旋律の欠けた曲が今日も朝から響いてる。
キャプテンの号令で休憩になった俺は汗を拭って、スポーツドリンクを手にした。
それに口をつけると俺は目を閉じてその曲に耳を傾けた。


「タクー、この音ちゃん?」
「そうだよ。」


同じようにスポーツドリンクを飲みながら俺に話し掛けてくるのは、
ルームメイトでありクラスメイトでありチームメイトでもある藤代誠二。
そしてその誠二の言う通り、これを弾いているのは。俺の幼馴染。
は2週間前にここ武蔵森学園に転校してきた。


、ドリンクを配るの手伝おうか」
「だめでしょ、克朗君は休んでないと。何の為のマネージャーよ、っ!!」


ピタリ、と音楽が止んだ。音楽室の窓が開くとそこから1人の少女が顔をのぞかせた。
長い黒髪が風に靡く。彼女は顔を顰めてそこから叫んだ。


「すぐ行く!っていうか名前叫ばないでよ姉さん!!」


それだけを言うとすぐに窓は閉まり、カーテンも閉められた。
彼女が。ここ武蔵森のマネージャーの妹だ。
そしてそのマネージャーの名前はさん。
3年生で渋沢キャプテンの彼女である。


「姉さん・・・恥ずかしいから名前叫ばないで」


森色の制服のままグラウンドに入ってくると、は姉の状態を見た。
はぁ、と溜息をつくと、ドリンクの粉を手にとる。
その時ぱち、と彼女と目が合った。彼女は軽く笑むと粉を抱えたまま言った。


「あ、笠井おはよう。」
「おはよう。」
ちゃんおはよー!」
「おはよう藤代。先輩たちもおはようございます」


彼女は先輩に軽く会釈をしつつ、ボトルに粉を入れ始める。
彼女はマネージャーではないがここに入って以来何故かその手伝いをしている。
一気に20のボトルを作ると、すぐに1軍へ配りだす。


「姉さんは要領が悪いんだよ。練習中に作ればいいのに」
「そうは言うけど練習中は記録をつけなくちゃいけないし、ね?も部活はいろう?」
「お断り。今だって姉さんが作業が遅いから手伝ってるだけだよ」
それは酷いよー、私だって頑張ってるのに?」
「分かってるんだけどさ。はいこっち配って」


全員に配りきると、彼女はすぐに3軍のところまで走っていった。
テキパキと3軍に指示を出すと、3軍はさらりとその指示に従う。
はマネージャーでもないのに、2週間で3軍の信頼を得たのだ。


、悪いんだけど」
「分かってる。山川君悪いんだけどタオルを集めてくれるかな?」
「はいっ!!」


「1軍練習開始だ!」
「はい!」


が向こうで3軍のメンバーに指示を出すのとほぼ同時に渋沢キャプテンは俺たちに集合をかけた。
渋沢キャプテンはさんと同じくらい信用してるのだと言った。
その言葉に嘘は無いだろうし、いいんだけど。
ちらりとを見ると、左手の包帯が視界に入る。
さっきから見えてはいたけれど気にはならなかった。
だけど今は違う。
は左手に持っていたボトルを取り落とした。
ゴトンと音がして、ボトルがコンクリートの床に転がる。
行こうと思ったけれど、さんが大丈夫だというのでそれに従ってフィールドに出た。


さん!これはどうしたら。」
「それは私がやるからいいよ。悪いけどタオル干すのは・・・」
「あ、はい!俺らがやります!!」


ありがとう、と言うとタオルを3つに均等に分けて洗濯機の中にぶち込んだ。
さっき落としたボトルを拾おうとするとそれは姉さんが拾っていた。
差し出されたそれを右手で受け取ると、姉さんは渋い顔をする。


「大丈夫なの?」
「生活に支障は無いよ。」
「そうじゃなくてサッカー部の」
「大丈夫だから。別に負担になってないよ。笠井にも久しぶりに会えたし、頑張ってるんだね」


太陽がまぶしい。あんまり働くと制服が汗だくになるから今は大人しめにしとこう。
長い髪を高く1つに纏めると私はボトルをカウンターに置いた。蝉が煩い。
姉さんはまたボトルにドリンクをつくり始めた。
フェンスの向こう側を見れば女子たちが騒ぎ出している。そうか、そろそろ朝練終了時間。
女子が登校して来るこの時間帯、サッカー部の朝練は終了する。
なにやらあの声で集中できないらしい。それもそうだとは思うけれど。
全員が飲む分のドリンクを作っておいて彼等が制服に着替える間にそれを洗う。
それは自分で考えたことだった。
姉さん曰く、ドリンクは冷たすぎてもいけないらしい。
私は言われたとおりに作るが、ボトルは部員の数に比べれば圧倒的に少ない。
それでもこれだけしか作れないのだから仕方が無い。
出来る限りのドリンクを作ると姉さんの彼氏の渋沢さんの号令で終わった選手たちに配っていく。
もちろん1軍から順番に。


「おつかれさん」
「サンキュー」
「ありがと」
「助かるよ」


1軍は私からすれば実力もだが、人間が出来ている人たちだと思う。
1軍と2軍の差は歴然。それは2軍の彼等が自分たちよりも下がいることに安心し向上心を忘れたから。
1軍の彼らは三上さんを筆頭に、そこにプライドを築いている。
他にも渋沢さんのように全体を見渡す人もいれば、藤代のように全体の士気に影響する人もいる。
笠井はどの部類に入るのか知らないけど、すごく上手くなったと思う。
・・・そうはいっても私は暫く会ってなかったから何ともいえないのだけれど。
大体あの事故が無かったら武蔵森には来なかったし。
何ともいえないな。


「・・・そういえば姉さん?三上さんは?」
「今日は監督に呼ばれてるみたいだけど。どうかしたの?」
「いや。目立つ人がいなかったから」


姉さんが着替えるのに部室を使うのでそれについていく。
姉さんは着替えながらいろいろと考えているみたいだ。
邪魔をしないように外に出ると笠井と藤代が鞄を持って待っていた。
渋沢先輩もいたからもうすぐ来ると思いますよ、とだけ言ったけど。


ちゃん一緒に教室行こ!」
「うん」
「早く行かないと遅れるからね」


笠井と藤代が同じクラスでよかった。これきっと先生が結構考えたんだろうな。
あの状態の私が話せたのって知ってる人だけだっただろうし。
笠井がいたからクラスに馴染めたんだから。藤代は女の子とも結構仲良さげだし。
そのつてでかなり知っている人の層が厚くなった。
姉さんからの誘いでマネージャー手伝いやっててサッカー部の1,3軍の人とも仲良くなれたし。
その辺は感謝。
でもマネージャーは嫌、絶対やらない。
笠井も藤代も私を誘ってたけど、やったらなんか女の子たちが怖いし。
それに朝はともかくとして帰りは出来るだけピアノに触っていたい。
教室棟が閉まってからなら手伝ってもいいけどずっとは避けたい。
出来るだけピアノに触っていたいんだ。
ざわざわとする武蔵森の昇降口前。
私は足早にそれを抜けた。人多すぎなんだってこの学校。
それを話すと何故か2人に笑われた。なんで!?




「・・・あの子」

1人の女子生徒がを見て呟いた。

「なんでいるの・・・?」

そしてその生徒は青ざめた顔で呟いた。
それをまだは知らない。








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あとがき。
よりによって笠井くんとは私自身驚きです。
こういうの書くのは久しぶりだから何ともいえないけど。
遥サンのオンライン復帰記念ということで。誤字脱字はできたらメールで。